干支と西暦の山に登る「荏原山歩会」だより


2003年6月7日
「新緑と山菜の山旅」 岐阜県 猿ヶ馬場山(1875m)



この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)
及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものです。(承認番号 平15総使、第31号


ルート記入はカシミールで作成しています。
国土地理院の使用承認が得られましたが、私の思い込みで、縮尺間違いの申請をしていました。
登山地図としては、ほとんど役に立ちませんが、UPして国土地理院への成果品の報告としておきます。

ルートの青は車道、赤は歩きです。
カシミール用ルートデータです。
sarubaba-rot.GDB のダウンロード
「2.5万地図」
国土地理院地形図閲覧サービスにリンク、閲覧に当っては注意を守って下さい

6月1日の新緑の山旅が雨で中止になり、山に行きたい気持ちがが募った者が何処かに行きたいと言い始め、提案したのが帰雲山からの猿ヶ馬場山でした。帰雲山は以前新雪を踏んでブナ林散策に来た事が有り、その時、この山には山菜が多い事を知った事、猿ヶ馬場山頂上直近まで道路(作業道)が有る事を知り、頂上も訪れたい山でした。
もし林道が入り口付近で通行止めなら、近くの三方崩山に変更する事も考慮に入れ、この山に行く事にしました。

新緑の映える林道終点駐車場所 いざ行かん、いつも元気な女性陣です

05:00 荏原公民館前
こんなに早く出発しなくても、充分山頂に達する事は出来ますが、途中の山菜採りと頂上宴会や登山後の温泉も楽しみたいだろうと、出来るだけ早い時間の出発です。
高速道路も白川郷まで開通し所要時間も短くなり、白川郷付近の山も高速料金さえ払えば、訪れやすくなりました。今日は7人で2台の車に分乗なので、少しは負担が少なくなる事でしょう。

白川郷ICでトイレを済まし、林道に入って取り付きに向かいました。心配したゲートは開いており、林道終点まで乗り入れる事も出来ました。

07:20 取り付き
先行の車が一台、ここも何百名山とかで、登る人が多い様です。
車道は車を止めた先も続いており、少し先に砂防ダムが出来ていました。その先尚も続いており、車道整備中の重機が置いて有りました。この先は急傾斜の作業道ですが、軽四か特殊な車か帰雲山までは行く事が有る様です。

サンカヨウの群生する道でした

新緑の下を行く道は気分は悪くは無いのですが、車道の割にはきつい登りで、一本調子の登りが続き、下りや水平部が無いので、登山道よりも応える様な気がするくらいです。
道端に群生する気品のある花、サンカヨウを見たり、山菜の品定めなどしながら登って行きました。やがて尾根に出ると水平になり、ブナ林が現れると帰雲山頂上もすぐそこです。

ブナが現れると頂上も近くなります 帰雲山のブナ林

08:50 帰雲山頂上(1622m)
頂上に立ち寄り、すぐに引き返して猿ヶ馬場山分岐に入りました。そこからはしばらくお楽しみの山菜山行でした。ボーダラ(タラノメ)、コシアブラ、ウドなど立派な物が収穫出来た様です。

ウド! タラノメ! 斜面はブナの新緑に覆われていました

左下方向にブナ林が広がっています。しかし、下生えが多く広がりを見通す事が出来ません。見えるのは近くのブナと斜面全体に広がる遠目のブナ林でした。

左下のブナ林は藪で見通しが利きません

ブナ林が途切れると、針葉樹になり作業道には残雪が出始めました。残雪は現れたり消えたりしながら、車道終点まで続いていました。標高も高くなると、その針葉樹も次第に高山の雰囲気が出て来ますが、樹林は途切れる事は有りませんでした。

高山の雰囲気の針葉樹林 タテヤマオウレン(ミツババイカオウレン)

10:15 車道終点
車道終点は頂上手前400mほどでした。残りは藪と残雪です。少し残雪に乗ったと思ったら、すぐに藪になり、方向も見誤るほどでしたが、それも100mほど行くと再び残雪に戻り、後は残雪に乗ったり、少しの藪になったりしながら、針葉樹林を縫って頂上に向いました。

11:15 猿ヶ馬場山頂上
帰り雲山先行者の話し声が聞こえ始め、枯れ木の上に付けられた標識が有ってそこが頂上でした。
展望無し、見えるのは隣の山、籾糠山だけと言っても良いくらいで、その先にシルエットになって見えるのは富山県境の山でしょうか。
白山方向は木々の合間から薄すら見えていますが、写真に撮影出来る様な状態では有りませんでした。

登頂者は我々と同じ帰雲経由の者と籾糠経由の者と、合計15人ほどでした。籾糠山からは登山道は開かれており、頂上には大きなプラスチック製標識が設置してありました。

時間もたっぷり残っています。昼の宴会を楽しんで帰る事にしました。

頂上に着きました 宴会です



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